last update 2016年10月12日 21:46

第2次大戦中、米国で開発された解読不能なデジタル暗号通話装置「SIGSALY」

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デジタルコンピュータの祖と言われる「ENIAC」すらまだ登場していない1943年、米国のベル研究所が、世界初のデジタル音声通話(秘話)装置を開発・実用化していた、という事実をご存知でしょうか。

それはただの「世界初のデジタル音声通話装置」、というだけではありません。第2次世界大戦中、米国と他連合国との間で行われた重要なリモートカンファレンスを支えたデジタル通話装置であり、しかもその通話内容は、数学的に解読不可能であると証明された方法で暗号化までされていた、というのです。

第2次世界大戦後、30年以上に渡りその存在すら明かされなかったこの装置は、大戦中の米軍の情報戦における優位性を裏付けるとともに、その後のコンピュータの歴史にも大きな影響を与えました。

米軍から「SIGSALY」と名付けられたその装置は、7インチ標準ラックで実に30台分にも及ぶ容積と、30キロワットもの電力を必要とする巨大な通話システムとして誕生しました。

SIGSALY は1943年、時のアメリカ大統領ルーズベルトとイギリスのチャーチル首相との秘密会談用にワシントンD.C、および、ロンドンに設置されたのを皮切りに、以後、北アフリカ・パリ・ハワイ・グアム・オーストラリア・船上司令部・マニラ、さらに終戦後のベルリンや東京など世界各地に設置されました。そこで行われた秘密会議は3,000回に登るとも言われています。

SIGSALY は、当時としては恐ろしく先進的かつ大規模なシステムであり、以下のように「世界初」づくしの無線秘話装置でありました。

  1. 初の暗号化電話
  2. 初の量子化音声伝送
  3. 初のPCM音声伝送
  4. 初の非線形PCMの利用
  5. 初のマルチレベルFSK(周波数偏移変調)の例
  6. 初の実用的な音声帯域圧縮の実例
  7. 初のマルチレベルアイパターンの利用

これがまだ、汎用デジタルコンピュータすら登場していない時代の産物だと思うと、寒気すらします。

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※出展:NSA

SIGSALY は、大きく分けて以下の要素技術から構成されていました。

  • ボコーダー
    バンドパスフィルタにより、音声に含まれる周波数成分を20ms単位で取り出すアナログボコーダー。(まだ高速フーリエ変換も発表されておらず、デジタル信号処理の環境も整っていない時代の話ですからね。)
  • 量子化
    ボコーダーからの出力を6段階非線形PCMで量子化。
  • バーナム暗号
    バーナム暗号とは、データ以上の長さの暗号鍵を使用することで通信経路上における完全秘匿性が担保される暗号方式。
    SIGSALY では、量子化音声データ長を超える長さの暗号鍵(12分間)を収めたレコード1対を作成し、その片方を事前に信頼できる方法で通信相手まで配送。ワンタイムパッドとして運用し、1回限りで破棄した。
    なお、暗号鍵が収められたレコードは、大陸を越えた双方で数ms以内の誤差で同期再生する必要があった
    量子化された音声データは、このバーナム暗号で暗号化し、無線にて送信した。
  • 周波数分割多重化(FDM)
    複数回線を束ねて1回線として使う通信技術
  • 周波数偏移変調(FSK)
    振幅を一定とし、0と1とで周波数を変える変調方式。Bluetooth などでも使われているアレ。

もちろん、SIGSALY に採用されたこれらの要素技術のすべてが SIGSALY のために新規に開発されたものだったわけではありません。例えば、まだ大陸間横断電信ケーブルの通信品質が悪かった時代に、すでに音声帯域圧縮に関する研究が進んでおり、その流れからボコーダーは存在していた、など、要素技術はある程度揃っている状態でした。

とはいえ、何としてでも音声通話にバーナム暗号を適用する、という執念から実用的なデジタル音声秘話システムを構築した、という点において、SIGSALY の先進性は特筆すべきものであり、また、デジタルコンピュータ黎明期の大規模な実用例としても、歴史的なマイルストーンになったと言って差し支えないでしょう。

SIGSALY が運用されていた当時は、原子力爆弾の爆縮レンズの手計算に数学者チームが10ヶ月もの時間を費やした、など、計算にまつわる興味深いエピソードが多い時代でした。

相手がまだ扱えない理論を用いて数字を扱う、ということは、「相手を出し抜く」という意味合いも少なからずあったりするものです。

米軍が SIGSALY を構築した背景にはもちろん、戦争を有利に進めたい、という強い意志があったことは否定のしようがありませんが、その後のコンピュータの発展の歴史の背景にも、少なからずそういった側面は存在しており、そして、今なお、我々の伺い知らないところでそのような戦いが繰り広げられているのかもしれません。

※2016/10/12 リンク切れ修正、文章ブラッシュアップ

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