last update 2017年3月27日 14:12

「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」の何がそんなに面白いのか考えてみた

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昨日、ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド(BoW)をうっかりクリアしてしまった。

どこまでも続く、無限とも思えるやりこみ要素を楽しみ続けたい、と思っていたのだが、そのうちの一つを追いかけるうちに、図らずもクリアしてしまったのだ。

そんな経緯もあり、もう語るに十分、このハイラルの大地を駆け巡った頃ではあるので、ぼちぼち、この作品についての所感をまとめようと思う。

ゲームシステムの自由度の高さについては、すでに、各所で触れられているとおり素晴らしいものだ。ただ、この記事は遅すぎるほどに後発であるから、話の幹となるストーリーと絡めた話から書いていきたいと思う。

(微妙にネタバレがあるかもなのでご注意)

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リンクとプレイヤーがシンクロできる設定は特筆すべき

「追憶」。本作のストーリーを一言で語れと言われたら、僕はこの言葉を選ぶだろう。

本作の主人公であるリンクは、ゲームスタート時、何の脈絡もなく、いきなり、よく分からない場所で目を覚ます。

「ゲーム開始時、リンクがまだ自分の使命を理解していない」という設定はゼルダにはよくあるものだ。けれども、今作では、自分の住む街はおろか、家族、家、といった何もかもが無い状態からスタートする。

知らないのはリンクだけではない。当然、プレイヤーも何も知らない。お互いに分からない者同士である。

他ではあまり触れられていないが、この導入部の状況にプレイヤーは少なからず動揺する。しかし、後に振り返ると、この時すでに、プレイヤーとリンクの気持ちはシンクロしていた事に気が付くのだ。

生きていくために、敵と戦う。そして、果物やきのこを捕り、魚を捕り、虫を捕り、動物を捕る。そしてそれらが料理できる事を知り、崖を登り、空を飛ぶ。寒さや暑さを体験することもある。

何も知らないところから、プレイヤーとリンクはハイラルの大地で生きていく術を共に少しずつ覚えてゆく。覚えた事の数だけ自由が広がる。それが当初の流れだ。

今作のリンクはとにかく、よく食べ、よく動く。それに表情も豊かだ。

そんな血の通った今作のリンク(=プレイヤー)だが、ストーリーが進むにつれ、亡き盟主・盟友と時間を超越して再会したり、リンクを直接知る人物や種族との遭遇、また、自分が伝説として書き残されていることを知る事になる。

想いを寄せてくれた人の亡霊との再会は号泣ものの感動シーンであるし、また、特別なスポットへの訪問が、リンクの記憶の取り戻しに役立つこともある。

そうした記憶の取り戻し過程の全てがプレイヤーとリンクの共通体験であり、プレイヤーの知らないことはリンクも知らない。その一体感が格別だ。

物語の冒頭、何の脈絡もないかのように見えるところからスタートしたとき、リンクとプレイヤーはまったく同じ気分であったろうし、道中、リンクを一方的に知る人に出会った時に感じる「いや、オレは知らないんだけど」みたいな距離感も、リンクとプレイヤーの気持ちは常にシンクロしている。本作のこういったシンクロ感は、作中、常に一貫しており、ゲームへの没入度を上げる良いエッセンスになっていると感じる。

本作では、物語の幹は大きく2つある。1つはもちろん、ラスボスを倒すメインルート。そしてもう1つは、リンク自身の記憶を取り戻すことだ。

そして、このゲームが末恐ろしいのは、この「リンク自身の記憶を取り戻す」という部分をやりこみ要素の一つと位置付けており、ゲームクリアのための必須要素としていない。という部分だ。

自分=リンクが、何をどれだけ思い出してから自分の運命と対峙するのか。その加減がプレイヤーに委ねられているのである。

各所で、本作は壮大。と評価されるのは、マップの広さや行動の自由度だけが理由ではない。もともと、先に挙げた2つの幹が絡まりあって描かれている物語自体が壮大なものであり、それらが、広大なマップと、そこに散りばめられた時間を超えたストーリーや遺物などの数々、そして、オープンワールドの開放感と行動の自由度とに彩られ、スケールの大きな作品へと昇華している。僕はこの作品をそう捉えている。

高い自由度と制約。相反する2つの納得感の不思議

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自由度の高さばかりが強調される本作だが、リンクに一切の行動制約が課せられないわけではない。

まず、大きい制約としては、武器・盾の寿命と最大所持数が挙げられるだろう。

BoWでは、武器それぞれに寿命が定められている。具体的には、1本の武器で、任意の敵に与えられる総ダメージ量には上限が設定されているのだ。さらに、持てる武器の数にも限りがある。そのため、任意の時点でリンクが倒せる敵の強さには上限があるのだ。(これ自体はよくある仕組みであり、珍しいものではない)

実は、この辺りは、料理のテクニックでもカバーできたりもするのだが、そのためには面倒な素材の収集が必要になる。だから、この制約は、実質的に自分自身の力を強化したくなる十分な動機として機能するのだ。

移動の自由度に関しては、「パラセール」と「のぼる」という2つのアクションにより、3次元的な開放感ある移動が可能だ。

ただし、いずれも「がんばりメーター」の限界値(こちらも料理で対策できるのだが)により、その行動範囲は制約されている格好だ。

つまり、経済的合理性を保ったまま探索エリアを広げるには、自分のがんばりメーターを強化する必要がある。という設計であり、これは、ハートの数と併せて、自己強化の動機として機能しているわけだ。

究極的には、全てが何とでもなる本作ではあるが、通常プレイ時においては、これらの経済的制約は素晴らしい障壁として、ゲーム進行を多少なりともルールし、ゲーム内に自由と秩序をもたらしている。

ゲームには、通常、ゲーム進行上の制約(それを仕組みと呼ぶかは別として)というものが必要であり、実際、本作でも数多くの制約や障壁が導入されている。ここで挙げた制約はその一部でしかないわけだが、それと自由度の高さとは相反するはずだ。しかしながら、プレイヤー達からこれだけ自由度が高い、という評価を受け続けているのは、制約の掛け方の巧妙さゆえと言えるだろう。

事実、BoW において、多くの制約は回避可能だが、それらにはコストが設定されている。それが高評価のカラクリなのではないか、というのが僕の見解だ。

常用するには経済的でないかトリッキー。しかし、その制約は一時的に回避可能。という自由度。こういう経済的制約をゲームに持ち込んだことが、通常プレイ時の秩序を保ちつつ、プレイヤーからはその自由度の高さを評価される背景にあるのではないだろうか。(中には、大したコストの掛からない技もあるところが、このゲームをより深くしている部分ではあるのだが)

典型的でないルートへ逸脱しても破綻しない BoW の懐の深さと自由度の高さとの匙加減。その素晴らしさはまさに芸術的だ。自由度が高いから、時間が無いから、と言って尻込みしている人がいるならば、それらは、BoW をプレイしない理由にはならないのである。

ゼルダらしいパズル要素も満載、3D+ジャイロでもまぁ快適

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ゼルダと言えばこれに触れないわけにはいかない、という謎解き要素について。

本作でも、「そう来るかー」と唸らせる、ゼルダならではの謎解きが満載。かなり楽しませてくれる。

謎解きの多くは、各地の祠でチャレンジ可能。謎を解くと、ハートのかけらに相当する「克服の証」がもらえるため、プレイヤーのモチベーションも上がる。

本作の謎解きは、3D要素や物理演算系がてんこ盛り。特殊能力のマグネキャッチやビタロックなどでジャイロを併用するシーンも少なくなく、操作性も悪くない。

ゼルダでジャイロ。と聞くと、僕なんかは Wii U 版「風のタクト」の対ゴードン戦で経験した「操作性との戦い」を思い出すわけだが、本作ではああいうシーンはまず無い。

Rスティックでの視点移動+ジャイロというスプラトゥーン的操作で、ストレスも結構少ない部類。特に、ジャイロに関しては、弓のエイムなど、まんま、スプラトゥーン的な操作感と感じる。

難点はあっても、プレイすれば気にならなくなる。完成度は高い

プレイ当初、正直、僕は、これはベセスダが作った劣化版 Skyrim なんじゃないか、と割りと本気で思っていた。

自由度も、ストーリーのスケール感も、そして性能面も、PC 版 Skyrim と比べて目に付く部分が多い。そう思っていた時期があったわけだ。しかし、ゲームが進むにつれ、次第に、「これが任天堂が考えるオープンワールドRPGの解なんだ。」と捉えて、評価できるようになった。

様々な思惑を持った人が蠢き、選択肢によってストーリーが大きく変わる Skyrim では、自分の信条が試される選択肢もある。序盤ではそういった選択肢の薄さが気になったが、そういった要素は任天堂らしくない、ということだったのだろうか。ともかく、本作ではそのような枝は用意されていない。けれども、広大なマップのどこで、何を、どんな順序で発見するのか、しないのか、により、本作の感じ方は人によって大きく変わるはずだ。

マイルドなスカイリム。というと、引き算に思われてしまうかもしれないが、その分、健全な探検心をくすぐる要素と報酬は盛りだくさんだ。景色やマップは見ているだけでそこに行ってみたくなる場所ばかりだし、各地に隠された祠やコログの探索は、攻略サイトを見たとしても、それだけで相当な時間を要するだろう。
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PS4 やハイスペックPCのゲームに慣れた身には、重い場面でのコマ落ちが気になる場合もあるかもしれないが、それも、中盤になる頃には慣れるだろう。

また、「任天堂的な毒気の少ない世界観」自体を評価する人も少なくないはずだ。そういうフィルターを通してある最新ゲーム。という意味でも、価値のある作品と思う。

プレイヤーはリンクとなり、記憶を辿る旅をする。そして、自然と使命へと合流してゆく。これこそ、まさにロールプレイングゲーム。その本筋を見事に貫いた超大作が本作である。と、本稿ではべた褒めさせてもらいたい。

 

まだまだ書きたいことは尽きないが、長くなってきたので、最後にする。

あまりにハマりすぎて、実生活で、

「ハイラルに帰らないといけない気がする」
「地球ってリアルワールドやん」
「あの鉄塔、1本だけ色が違う!」

と割と本気で思っていた時期があることを告白して、筆を置かせていただく。

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