【2022年】新年のご挨拶とカネの上に命が載っている時代

last update 2022年1月7日 17:03

新年あけましておめでとうございます。2022年も当サイトをどうぞ宜しくお願い致します。

昨年まで毎年、なんとなーく仕事始めはコラムを書く流れのようでしたので、今年も徒然に思うところを書かせて頂きますね。

ということで、今年は「カネ」の話を書かせていただきます。

相場の世界では「寅、千里を走る」と言われますが、過去を振り返ってみますと、寅年の投資環境は芳しくなく、その多くはボックス相場となったようです。

コロナ禍が始まって早2年弱。日本人投資家の間で外国株や仮想通貨、ETF・ETN への投資が広まり、国内株の話をあまり聞かなくなった気がする昨今。皆さんの周りでも、S&P 500 をベンチマークとする ETN・ETF、また、EV・バッテリー・ワクチン関連の海外株取引の実体験を耳にする機会が増えたのではないでしょうか。

今年も外国株人気は衰えなさそうですが、相場の方は「寅、千里を走る」とは行かなさそうです。1つは、EVバブルの沈静化。そして、もう1つは各国中央銀行による金融引き締めが警戒される点です。企業収益は引き続き好調に推移するとみられますが、金利情勢に敏感な相場展開となるのは間違いないでしょう。少なくとも、今年の相場は「大躍進」とはならず、悪材料に敏感に反応しつつも最終的には小幅高から小幅安くらいに落ち着くのではないか、とはおぼろげながらに思うわけです。

さて、そんな中、2021年12月末、静かにその役目を終えた重要な金利指標があります。「LIBOR」です。

「LIBOR」とは「London Interbank Offered Rate」の略。日本語では「ロンドン銀行間取引金利」と訳されます。

LIBOR は、主にスワップ取引などのデリバティブから参照されたり、また、企業への貸し出し、社債の発行条件としても使われていた指標。当時、LIBOR を参照する契約の残高は110兆円超。デリバティブの想定元本は3,200兆円にも登ると言われていました。

この「金融の地平」とでもいうべき重要指標は、たびたび不正操作の疑惑の目に晒され、実際、欧米当局によりその不正が暴かれた過去がありました。LIBOR の公開停止は、その事件を受けてのことです。

もちろん、我が国の官僚は優秀でありますから、金融庁や全銀協が LIBOR 公表停止に向けた準備を進めておりましたし、Quick なんかはこれを商機にと、5段階ものウォーターフォール手法で TORF(Tokyo Term Risk Free Rate)とかいう代替指標をひり出しており、その他にも選択肢があることから、まぁ、ターム物も含めて、問題なさそうな状況ではあります。

あと、金融庁はやめとけと言っていますが、最悪、円 LIBOR に関しては、LIBOR 公表元である FCA が2022年1月以降の1年限定で「シンセティック LIBOR」を公表するとのことで、セーフティネットも、まぁ、ある状況。

特段の混乱もなく新年を迎えられた、という所です。

ということで金利の話から始まったわけですが、今年は久しぶりに、この「金利」に注目が集まる年となりそうです。

先日から世界を賑わしている金融引き締めの背景には物価高があり、そのまた背景には、コロナ要因による特殊な労働力不足や、そこから派生するサプライチェーンの問題があります。これらが利上げで緩和できるのか、という部分には怪しさも感じますが、コロナ禍でのゆるゆる財政の弊害への対策は必要ということで、各国とも、せめて政府の政策と金融政策の足並みを揃えて頂きたい、とは期待するところです。

また、利上げとなると、拡大した民間部門の債務への影響もありますので、匙加減も重要にはなってくるでしょう。

世界の話はさておき我が国の話に戻りますと、我が国の物価高の背景には、さらに財政問題や将来の産業力低下を先取りした円安、といった要因もあり少々複雑です。

私は元々、内需重視の円高論者です。強い円で、海外の労働力を安く買い、日本の労働力は高く売る。そのために失業率が多少上がったとしても、それは別の問題であり、生産性などで解決すべき、との持論です。購買力平価では円高傾向が依然として続いてはいますが、現状、先に挙げたリスクが意識され、為替は購買力平価(消費者物価PPP)近傍の円安水準で推移している状況となっています。さらに先物の動きからも、市場参加者が将来の円安を予想している、と取れる状況が続いています。

なお本邦では、消費者が物価高に喘いでも、財政、および日銀のバランスシートの問題から、利上げカードはかなり切りづらい状況です。仮に政策金利を上げられたとしても、恐らくは、銀行の預金金利をゼロ近傍のままとし実質的なインフレタックスを導入しつつ、政府が日銀に交付国債を発行、あるいは法改正とセットで将来のシニョレッジを日銀の自己資本に充当する、という合せ技で、問題を緩和するシナリオが濃厚と見ています。

そして、それらの処方箋が切れられた場合、中期的にはさらなる円安圧力となることでしょう。

新たな金融テクノロジーが続々と生まれる現代ですが、我々は依然、不換紙幣ベースの通貨システムと、出口が見えないイールドカーブ・コントロール戦略の果てに板がスカスカとなった債券市場、そこからひり出される予定調和的な「金利」を前提に、国民の暮らしを建付けてきました。

現代は、カネの上に多くの命が載っている時代です。それは、食べ物1つとってもそうですし、住まい1つとってもそうです。裏山で木を切ってきて建具にするなど考えられず、構造計算の上、鉄骨を建て、半ば仮想的に住まいを確保している人々が幾千万といる時代です。

私の母は何世代にも渡って街で暮らしてきた家系ですが、対象的に、父は東北の田舎の血筋で、私から見ても「カネに甘い」人間でした。

大昔、戦後数十年位までの人々の「カネ」に対する意識は、現代とは随分違った、とは伝え聞くところですが、父はその意識を引きずっており、キッチンに立っては野菜や果物を大胆に1個単位で使う男でした。

そして、母はそんな光景を目にすると「我が家ではトマト1個だって買わないと手に入らないんだ」と父を諭していたことを子供心によく覚えています。今、食料などの生産手段を持たず、経済的に恵まれない方々は、恐らくは私の母の考えに共感できるところがあるのではないでしょうか。

現代の紙幣に裏付けはなく、通貨の信任は国家の信用により決まります。

昨年、アップル製品を高く感じる日本人が増えている、という記事が話題になりました。円貨の信任低下は、「リンゴ1つでも買わないと手に入らない」境遇の方たちの暮らしの豊かさを削いでいきます。

そしてそれは、食べ物だけでなく、耐久消費財からハウジングコストまで、あらゆる物価に効いてくることでしょう。

我々日本人は、過去の栄光の貯金を切り崩して生きている。そう思うことが、最近、たまにですがあります。

もちろん、我が国には積もり積もった勝ちがありますので、今のところ、それは杞憂です。また、小さい話にはなりますが、例えば冒頭の外国株ブームも将来的な円貨の信任には寄与してくる話にはなってきます。

少なくとも向こう数年で何かが破綻するような状況ではありませんが、近年、我が国における歳出のGDP比が跳ね上がっていることもあり、将来的に取れる策が徐々に減っていく事くらいは容易に理解できるわけです。

政策には財源が必要です。私は MMT に完全に反対というわけではありませんが、どうもあの理論は、莫大な対外純資産に裏付けられた盤石な経常収支と、そこからくる強い為替を源泉に財源を捻り出す屁理屈のように見える部分があるのです。

金利、通貨、国家、歳入・歳出、格差、教育、イデオロギー、仮想通貨。

金融・投資の観点から見て、現在ほど、面白い課題とツールに恵まれた時代はないのではないか、とは常々思ってまして、この点、お若い方々を羨ましく思ったりもします。

私は独り立ちした頃から「家計も設備商売」と考えており、ボードゲームのメカニクスでいうところの拡大再生産系と同様に人生を捉えてきました。

ただ、限りない経済発展の果てに、何も持たず、あるいは僅かな資本しか持たずにこの世に生み落とされた子らが、理不尽な ROI(投資利益率)を達成しなければ普通の生活が出来ない運命を背負わされているのであれば、それは不幸なことだなぁ、とは思うところです。

僕は、日本はアジアのイギリス的な立ち位置を狙って、究極的には金融と投資(あとは可能ならIT系)で喰っていけいばいい、くらいに思っていますが、実は、その理想は、対外純資産 → 経常収支 → 為替 → 歳出 という形でごく一部ではあるものの実現しかけているのかもしれない、などと妄想したりして。

そして、意外とみんなが思ったほどには未来は暗くないのかもね、とかとか思ったりもしつつ、いやはや、今年もよろしくおねがいします、と、挨拶にさせていただこうかな。

なんかすみません。

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